山の幸彦こと弟のホオリは、重い足を引きずりながら高千穂の宮に帰っていった。
高千穂の宮につくと、そこには海の幸彦こと兄のホデリが待っていた。その体は擦り傷だらけ、顔は怒っている様子が一目でわかる。
「獲物は一匹も獲れず、足を滑らせて崖から落ちるし、散々だった。お前はどうだ?小魚の一匹でも取れたか?」
「いえ、何も・・・」
「そうだろう。山の獲物も自分の道具、海の獲物も自分の道具。それぞれ自分がなじんだ道具でなければ獲物はとれん。さあ、山の道具は返すぞ。お前も海の道具を返してくれ」
しかし弟ホオリは、釣り針を海に無くしてしまったのだ・・・
「お兄様、すいません!」
「いや、もういい、謝る必要はない。早く海の道具を返してくれ」
「お兄様、それが・・・」
「ん・・・どうしたのだ?」
「それが・・・お兄様の大切な釣り針を無くしてしまったのです」
「なに?!釣り針を!!」
兄ホデリは烈火のように怒り狂う。
弟ホオリは泣きながら謝り、自分の大事な剣を鋳つぶして五百本の針を作ったが、兄の怒りは収まらない。千本の針を作って差し出したが
「数の問題ではない!あの釣り針を返せ!」
と言ってきかない。
仕方なく弟ホオリは、とぼとぼと日向の海岸に来ていた。この広い海の中、どこにあるともわからぬ一本の釣り針を探しに行くわけにもいかず、途方に暮れて泣いていた。
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☆ホデリの怒り
海幸山幸の話では、海幸彦の兄ホデリが融通の利かない悪者として描かれています。
・・・しかし、職人が自分の道具を大切にするのは当然のことですよね・・・
ホデリは南九州の隼人の祖とされています。
ホオリの子孫は後の皇室に続いていきます。
隼人はしばしば大和王権に反抗しています。
古事記や日本書紀は、朝廷の事績を正当化するために編纂されたものですので、ホデリは悪人でないと困るのでしょう。