ホオリは日向の海岸で、岩場に腰掛け、途方に暮れていた。
・・・確かに自分で蒔いた種、悪いのは自分だが、それにしてもこの広い海から一本の針を探すなんて・・・
どう考えても無理である。ホオリにはもはや、泣く力も残っていなかった。
するとそこに、背後から声がした。
「もし、ホオリさまではございませんか?」
ホオリが振り向くと、一人の年取った男神が立っていた。
「あ、やはりホオリさまでございますね。私は汐の満ち引きをつかさどっております神のシオツチと申します。
しかし、どうされました?天の御子ともあろうものが、従者もつけず、こんなところで一人寂しくしておられるとは・・・何か御身によくないことでもあったのでございますか?」
そこでホオリは、今までのいきさつをシオツチに話した。
「なるほど、そういうわけでございましたか。兄君のホデリさまはあの釣り針を大事にしておられましたからね・・・無理からぬことではございます。
しかしそうかといって、ホオリさまもお困りでございますね・・・では、わたくしが良い知恵をお授けいたしましょう。」
シオツチはそう言って海岸近くの竹やぶに入ると、たちまちのうちに竹を編み、小舟を作って持ってきた。
「この舟にお乗りになってください。お乗りになったら私が舟を押し出します。潮に乗ってそのまま進んでください。
舟は海中を進み、あたかもうろこのように棟が立ち並ぶ宮殿に行きつくでしょう。そこは海神オオワタツミ様の宮殿です。
宮殿の井戸のほとりに桂の木が立っています。その木に登ってしばらくお待ちなさい。海神のお姫様と出会えるはずです。お姫様はきっと良い方向に導いてくれるでしょう。」
ホオリはほかに当てもないので、シオツチの言う通り、その竹で編んだ小舟に乗って、海に出ていった。
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☆シオツチ
古事記ではシオツチの登場はここだけです。
日本書紀ではニニギが天降の際に出会う話が一書(あるふみ)に収録されています。またホオリの孫、後に神武天皇となるイワレビコがシオツチに「東によい国があります」と言われたのが神武東征のきっかけになっています。
シオツチは日向からは遠く離れた宮城県の塩釜神社に祀られています。