建内宿祢の自伝 60

オオヤマモリさまはウヂノワキさまに討たれました。しかし、ウヂノワキさまとオオサザキさまの皇位の譲り合いは、相変わらず続いておりました。
そして天皇の空位は、もう3年も続いていたのです。
そんなある日のことでした。とある地の漁師が、新鮮な魚介類を皇室に献上しようと、皇太子であるウヂノワキさまが住まわれている宇治宮を訪れたのです。
しかし、ウヂノワキさまは
「余は天皇ではない。皇位を継ぐのはオオサザキの兄上だ。これは兄上が住まわれる難波宮に送るがよい」
と仰せになり、漁師を追い返されたのです。
しかし、漁師がオオサザキさまのもとに鮮魚を持っていくと
「余は皇位を継ぐ身ではない。献上品は皇太子のウヂノワキに送られよ」
と仰せになります
こうやって何度も宇治と難波を何度も往復するうち鮮魚は腐ってしまい、漁師は泣く泣くせっかくの魚を捨てざるを得ませんでした。
この話をオオサザキさまから聞いたとき
「漁師も気の毒に・・・まさか自分のもので泣く羽目になるとはな・・・」
とつぶやいたものでした。
この話は後に市井に広がり、「漁師は自分の持ち物で泣く」という諺になったという事であります
しかしその年、ウヂノワキさまは病に伏されたのでございます。そして病は見る見るうちに悪化し、翌日にはお亡くなりになったのでありました。
宮中には「ウヂノワキさまはオオサザキさまに皇位を譲るために自決したのだ」という噂もたちましたが、真偽のほどは定かではありません。
急な報を聞いて、わたくしは急ぎ宇治宮に駆け付けました。すると先にオオサザキさまが到着されていて、涙を流して嘆き悲しんでいたのでありました。

ご遺体は宇治の山に葬られました。
そして、オオサザキさまが第16代の天皇として皇位を継ぐことに決まったのでございます(仁徳天皇)。
前<<< 逃がした猪 - 古事記の話
次>>>
建内宿祢の自伝 目次
☆ウヂノワキの薨去
古事記には「ウヂノワキは急逝した」とあるだけで死因や詳しい状況は記されていません。
日本書紀ではオオサザキに皇位を譲るために自決しています。オオサザキがが駆けつけて悲しんでいると、突然生き返り「妹のヤタノヒメを后にしてくれ」というと再び亡くなったそうです。
京都府宇治市菟道丸山の宇治墓(丸山古墳)が宮内庁によりウヂノワキの墓に比定されています
応神天皇皇太子 菟道稚郎子尊 宇治墓 | 新陵墓探訪記
≪古事記・古代史関連の姉妹サイト≫
小説古事記
古事記ゆかりの地を訪ねて
古代史探訪
≪その他の姉妹サイト≫
カリバ旅行記
温泉の話
駅弁の話
鉄道唱歌の話
≪X≫
https://x.com/karibatakurou
≪YouTube≫
古事記の話 - YouTube
神話の話 - YouTube