古事記の話

古事記を小説風に書き直してみました

「古事記の話」にお越しいただきありがとうございます

古事記を小説風に書き直してみました。

 

古事記を基本としつつ、話によっては日本書紀風土記のエピソードも取り入れながら構成しています。

 

☆わたしは古代史好きの素人であり、学者でも専門家でもありません。ネットで調べ調しながら書いており、また皆様に興味を持ってもらえるよう、わかりやすく面白く編集しております。

そのため専門的・学術的な解釈から見れば間違っているところもあるかと思います。ご了承ください。

 

☆参考文献

  中村啓信「新版古事記」角川文庫

  坂本太郎家永三郎井上光貞大野晋「日本書記(一)~(三)」岩波文庫

  中村啓信「風土記 上・下」角川文庫

  萩原千鶴「出雲国風土記講談社学術文庫

 

 

古事記の話 目次

 

泣く漁師

   建内宿祢の自伝 60 

 

 

オオヤマモリさまはウヂノワキさまに討たれました。しかし、ウヂノワキさまとオオサザキさまの皇位の譲り合いは、相変わらず続いておりました。

そして天皇の空位は、もう3年も続いていたのです。

 

そんなある日のことでした。とある地の漁師が、新鮮な魚介類を皇室に献上しようと、皇太子であるウヂノワキさまが住まわれている宇治宮を訪れたのです。

しかし、ウヂノワキさまは

「余は天皇ではない。皇位を継ぐのはオオサザキの兄上だ。これは兄上が住まわれる難波宮に送るがよい」

と仰せになり、漁師を追い返されたのです。

 

しかし、漁師がオオサザキさまのもとに鮮魚を持っていくと

「余は皇位を継ぐ身ではない。献上品は皇太子のウヂノワキに送られよ」

と仰せになります

 

こうやって何度も宇治と難波を何度も往復するうち鮮魚は腐ってしまい、漁師は泣く泣くせっかくの魚を捨てざるを得ませんでした。

この話をオオサザキさまから聞いたとき

「漁師も気の毒に・・・まさか自分のもので泣く羽目になるとはな・・・」

とつぶやいたものでした。

 

この話は後に市井に広がり、「漁師は自分の持ち物で泣く」という諺になったという事であります

 

しかしその年、ウヂノワキさまは病に伏されたのでございます。そして病は見る見るうちに悪化し、翌日にはお亡くなりになったのでありました。

宮中には「ウヂノワキさまはオオサザキさまに皇位を譲るために自決したのだ」という噂もたちましたが、真偽のほどは定かではありません。

 

急な報を聞いて、わたくしは急ぎ宇治宮に駆け付けました。すると先にオオサザキさまが到着されていて、涙を流して嘆き悲しんでいたのでありました。

 

 

ご遺体は宇治の山に葬られました。

そして、オオサザキさまが第16代の天皇として皇位を継ぐことに決まったのでございます(仁徳天皇)。

 

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☆ウヂノワキの薨去

 

古事記には「ウヂノワキは急逝した」とあるだけで死因や詳しい状況は記されていません。

日本書紀ではオオサザキに皇位を譲るために自決しています。オオサザキがが駆けつけて悲しんでいると、突然生き返り「妹のヤタノヒメを后にしてくれ」というと再び亡くなったそうです。

 

京都府宇治市菟道丸山の宇治墓(丸山古墳)が宮内庁によりウヂノワキの墓に比定されています

 

応神天皇皇太子 菟道稚郎子尊 宇治墓 | 新陵墓探訪記

 

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