神武天皇の自伝 31
ナガスネビコとの戦いの翌日、ニギハヤヒがわたしのもとを訪ねてきた。高天原から天磐船で降りてきたという天つ神である。
「配下のナガスネビコが、こともあろうにアマテラス大御神の御子に対して、大変なご無礼を働いてしまいました。どうかお許しください」
ニギハヤヒは頭を下げた。
もはやわたしは、ニギハヤヒにもナガスネビコにも、何ら怒りや恨みの感情は持ってはいなかった。
「いや、ニギハヤヒ、頭を上げるがよい。もうよい、すべては終わった。これからより良い日本の国を作り上げていくために、どうかそなたも力を貸してくれ」
「はい・・・恐れ入ります」
「うむ、頼むぞ・・・ナガスネビコは許してやってくれ」
「はい・・・それが・・・ナガスネビコはわたくしの手で斬りました」
「なに・・・」
ニギハヤヒの予期せぬ言葉にわたしは驚いた。ニギハヤヒは言葉を続ける。
「ナガスネビコはあくまで天下を治めるのはわたくしだと主張し、機を見てイワレさまを攻めるべきだといいました。
ナガスネビコは信義に熱いのですが、一途な性格で一度言い出したことは決して曲げません。このままではいつの日か本当にイワレさまに対して反乱を起こすでしょう。
それで・・・やむなく・・・」
わたしはニギハヤヒの言葉をさえぎって言った
「そうか、もういい・・・ご苦労だった」
そういうと、わたしは目を閉じた・・・夢半ばで倒れていった兄イツセをまぶたに思い浮かべながら・・・
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本文は日本書紀の記述をもとに構成しています。
古事記では、ニギハヤヒ(邇藝速日命)は神武東征の終わりに何の脈絡もなく唐突に「天つ神の御子が天降したと聞いて追ってきた」と言って現れます。
ぼくが初めて古事記の訓読文を読んだとき、何のことやらさっぱりわかりませんでした。後に日本書記を読んでそういう流れだったのかとやっと理解できました。
(日本書記での表記は「饒速日命」)
ニギハヤヒの後裔は物部氏となりました。飛鳥時代に仏教の信仰をめぐって蘇我氏と争った部族です。
物部氏も独自の降臨神話を持っていて、それが記紀神話の中に取り入れられたと考えられています。
ニギハヤヒは先にご紹介した磐船神社や、イツセ・イワレの兄弟が最初に戦った白肩の津の近くの石切剣箭神社などで祀られています。
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