古事記の話

古事記を小説風に書き直してみました

白肩津に上陸するが・・

神武天皇の自伝 9

 

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こうしてサオネツヒコの案内で、潮の流れのはやい速吸門を艦隊は無事に通り抜けていった。

艦隊はさらに東に進み、浪速の岬から河内の湖に入っていった。艦隊は河内の湖の奥、白肩津に停泊した。

 

ここからは陸路となる。我々はここから東側の山脈を越えたところに広大な大和平野があると聞いていた。

我々はその平野に宮を構え、これからの日本統治の礎を築く計画だった。

 

白肩津に上陸した我々は、そこに陣を張った。そしてこれからの進軍に備えて体制を整えていた時だった。

 

斥候に出ていた兵士が、血相を変えて飛び込んできた。

「大変です!大軍が攻めてきています!!」

「なんだと!」

 

我々は臨戦態勢を整える暇もなかった。すぐに大軍の姿が見え、だんだん近づいてきた。

 

「イワレ!来たぞ!油断するな!!」

「しかし兄上、我々に攻めてくるとは・・・いったいどこの誰でしょう?!」

「あの軍勢は・・・おそらくナガスネビコの軍だ!間違いない!!」

 

ナガスネビコ・・・大和に拠点を置く豪族だ。これまでも我々の命令に従わず、反抗的だった。我々が東征してくるという情報を事前に察知し、待ち構えていたのだろう。

 

しかし、考える間もなく、敵軍の矢が雨あられと飛んできた!それに対し奇襲を受けた我々は、盾を取り出し防御するのがやっとだった。

しかしとても盾だけでは防ぎきれない!

 

うっっ・・・・

 

わたしのよこでうめき声が上がった。兄イツセの声だ。慌てて振り向いてみると・・・

 

イツセの腕に矢が刺さっていた!流れ出した血でイツセの腕は真っ赤に染まっている!!

 

「兄上!!」

わたしはあわててイツセに駆け寄った。イツセは苦しい息をしながら、かすれた声で言う。

「イワレ・・・ここはいったん、船に戻るんだ・・このままでは勝ち目はない・・」

 

イツセにこう言われたわたしは、鏑矢を二本続けて放った。退却の合図である。

 

「皆、引け~~!船に戻れ!」

わたしは命令を出し、兵士たちは盾で身を守りながら船に戻っていった。

 

「さあ、兄上!早く!」

わたしもイツセの肩を支え、従者たちに守られながら船に戻っていった。

 

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神武天皇の自伝 目次

 

 

☆河内湖

 

先史時代、現在の大阪平野生駒山脈のすぐ西側まで海が広がってました。

 

弥生時代から古墳時代にかけて砂州が形成され、現在の大阪平野は「河内湖」と言われる潟湖となりました。その後淀川・大和川から運ばれた土砂により堆積が進み、大阪平野が形成されていきます。

 

☆白肩津・盾津

 

そのようなわけで、神武東征の話では湾だったか湖だったか判別つきませんが、いずれにせよ生駒山脈のすぐそばまで船で行けたと思われます。

 

イツセ・イワレの兄弟が上陸した白肩津は、盾で戦ったので盾津ともいわれるようになりました。また日本書紀にはナガスネビコと戦った地を「孔舎衛坂」(くさゑのさか)と記してあります。

これらは現在の東大阪市日下町付近だといわれています。

 

生駒山ろくにある神武天皇顕彰碑


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