古事記の話

古事記を小説風に書き直してみました

新羅から

国引き神話 2

 

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 八雲立つ出雲の国は、小さな国だった。まだ織っている途中の幅が狭い布のように。

 

しかし国ができて時が経ち、人口も増えてきた。この狭い国土のままでは民の暮らしは成り立たない。何か良い方法はないだろうか・・・

 

わたしは海岸に出て、海の彼方に目を凝らしてみた。するとそこに陸地があった。

 

それは新羅(しらぎ)の岬である。新羅は誰も住んでいない未開の地である。

よし、この地を出雲に引き寄せよう・・・わたしはそう考えた。

 

わたしは少女の胸のような平らなすきを持つと、海を渡って朝鮮の新羅の地に渡った。

 

そして岬の付け根にその鋤を突きさした。そしてすきを深く突き刺していき、その岬を半島から切り離したのだ。

そう、あたかも大魚のえらを突いて、その身を切り離すように。

 

そして切り離した土地に、三つ縒りの太い綱を打ちかけた。そしてわたしは出雲の国に戻ると、その綱を手繰って引き寄せたのだ。

そう、川につながれた船を手繰り寄せるように、そろりそろりと。「国よ来い、国よ来い」と唱えながら。

 

そしてその土地は、新羅から切り離されて出雲の国に近づいてきた。よーし、もう少しだ・・・綱を引くわたしの手に力が入る。

 

そしてついに、その土地は出雲の国までやってきたのだった!

 

その地は去豆(こず)の折絶から支豆支(きずき)の岬までの土地である。

 

わたしはその土地が動かぬように、しっかり杭を立てて綱を固定した。

その立てた杭は佐比売山(さひめやま)となった。また、その綱は園の長浜となったのである。

      

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国引き神話 目次

 

 

☆去豆の折絶から支豆支の岬

 

新羅というのは今の朝鮮半島ですね。

 

去豆の折絶とは今の島根県平田市小津町の付近だと考えられています。そこには出雲国風土記に「許豆社(こずのやしろ)」として記載のある許豆神社が今も建っています

「折絶」とは山脈が絶えるところ、という意味でしょうか。

 

延喜式神社の調査 許豆神社(南宮)

延喜式神社の調査 許豆神社(北宮)

 

支豆支の岬とは出雲市大社町日御岬と考えられています。

 

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☆佐比売山

 

ヤツカミヅオミヅノが国を引いてきた綱を結わえ付けた杭が「佐比売山」。 島根県のほぼ中央にそびえたつ三瓶山のことだとされています。

約4000年前に噴火した活火山で、大山隠岐国立公園の一部となっています。

 

北三瓶会 佐比賈山神社

 

☆園の長浜

 

ヤツカミヅオミヅノが国を引いてきた綱は、出雲大社の東側の「稲佐の浜」から南に延びる「園の長浜」だとされています。

この当時、神西湖は現在のそれよりかなり大きく「神門水海(かんどのみずうみ)」と呼ばれていました。園の長浜は日本海と神門水海を遮る砂州であり、あたかも三瓶山と日御岬をつなぐ綱のように伸びていたことでありましょう。

 

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≪園の長浜・海岸線の遠景に三瓶山が見える≫

 

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☆少女の胸のような平らなすき

 

出雲国風土記原文では「童女胸鉏(をとめのむなすき)」と記載してあります。

すき(鋤)というのは土を耕す農具で、現在でいうシャベルのようなものです。「をとめのむなすき」とは、まだ発育していない少女の胸ようなすき、という意味でしょうか。


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