オオクニヌシはスセリヒメを正妻とし、ヤガミヒメを迎え入れただけではまだ飽き足らなかった。
越の国にいるヌナカワヒメが絶世の美女だと聞くと、わざわざ自ら出向き求婚したのである。
嫉妬深いスセリヒメがそんなオオクニヌシの行動を許すはずもない。出雲に帰ったオオクニヌシは、スセリヒメから毎日のように嫌味や小言を聞かされていた。
オオクニヌシは正直、うんざりしていた。そこでスセリヒメのほとぼりをしばらく冷まそうと、大和の国へしばらく旅に出ることにした。
こっそり旅支度をして、さあ馬に乗って出ようと、鐙に片足をかけた、その時だった・・・
そこへスセリヒメが現れた。スセリヒメはオオクニヌシが自分のもとから逃げ出すであろうことを察していたのだ。
また怒られるのか・・・と身構えるオオクニヌシ。しかし何か様子が違う。スセリヒメは目に涙を浮かべている。
スセリヒメは盃を差し出し、そっと言った。
「私の夫、偉大なるオオクニヌシさま・・・あなたは日本の支配者。日本の岬や島の隅々まで妻がいらっしゃるんでしょうね・・・
でも、わたしは女。あなた以外に夫はいません。
わたしの淡雪のような胸に抱かれ、白綱のような手を枕にして、ゆっくり休んでいただけませんか・・・どうか、このお酒をお召し上がりになって・・・」
これを聞いたとき、オオクニヌシは一粒の涙を流した。いまさらながら、自分の妻スセリヒメの愛に気づいたのだ・・・
スサノオの宮殿の門で最初に逢ったこと、スサノオの数々の試練をスセリヒメの助けで切り抜けたこと、そして二人でスサノオの宮殿から命を懸けて逃げ出したこと・・・数々の記憶がよみがえってくる。
今、オオクニヌシが日本の支配者として君臨しているのも、すべてスセリヒメの助けがあってこそなのだ。
オオクニヌシは馬から降り、スセリヒメが差し出した盃を受け取ると、その愛情をかみしめるように飲んだ。
そして旅の衣装を脱ぐと、スセリヒメを抱き寄せ、屋敷の中に入っていった。
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☆古事記と歌謡
スセリヒメに浮気を責められ、ヤガミヒメは実家に帰ってしまい・・・日本の神様なんてこんなもんなんです。
さて、古事記には歌でやり取りするシーンがよくあり、天皇の時代になるとこれが頻繁に出てきます。
ここでも古事記ではオオクニヌシとヌナカワヒメ、またオオクニヌシとスセリヒメは歌でやり取りしています。もちろん「歌」といっても音楽ではなく五七調の「和歌(やまとうた)」のやり取りです。
この歌に文学的価値を見出す研究者や文学者、一般の古事記愛読者は数多くいます。
確かにその通り、文学的価値は高いものです。
しかし一方、古典になじみの薄い方にとっては、この歌のやり取りが読みにくく、意味もわかりにくく感じるでしょう。
拙ブログではわかりやすさを優先し、歌の部分は原則省略しております。