古事記の話

古事記を小説風に書き直してみました

応神天皇の外交

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仲哀天皇の遺児であるホムダワケ、母の神功皇后の尽力もあり皇位を継ぐことになった。第15代の応神天皇である。

 

天皇の御代、母の皇后が征服した新羅から、土木技術者が日本にわたってきた。そこで天皇は建内宿祢に命じてこの技術者たちに灌漑用の百済池を造らせた。

 

一方、百済からは国王の使者としてアチキシがやってきた。アチキシは天皇への献上品として、百済産の馬に太刀、大鏡を持ってきていた。

 

天皇はさらに百済の国王に対し

「そなたの国は大陸に近く、支那の文化に触れる機会も多かろう。支那の事情に詳しいものを日本に送るように」

と命令を出した。

この命を受けて百済国王は、支那の文献とともに学者のワニキシを日本に派遣した。さらに鍛冶技術者、機織り娘、酒造技術者を次々と日本に送っていった。

 

こうして天皇は、母である神功皇后が征服した新羅百済を通じて、海外の文化を移入し、日本の国を発展させていった。

  

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古事記上巻 日本神話 目次
古事記中巻 神武天皇~応神天皇 目次

 

八幡宮

 

日本全国に「八幡宮」と呼ばれる神社がありますが、ここに祀られている「八幡神(はちまんしん・やわたのかみ)」というのは応神天皇のことです。

「八」は実数ではなく『多い』という意味、「幡」とは神の依代である『旗』の意味と考えられます。つまり「多くの神の依代」ということですね。

 

これがいつ、どのような経緯で応神天皇と結びつけられたのかははっきりしません。

 

宇佐神宮総本宮で、これに筥崎宮石清水八幡宮を合わせて三大八幡と言われています。

 

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