異母兄たちから逃れたオオアナムヂは、根の国に来ていた。
根の国とは地底にある国である。
スサノオは出雲の国の治世を子供たちに譲った後、そこに移り住んでいた。
もともとスサノオは母神イザナミに会いたがっており、そのために泣きわめいてイザナギに勘当されたのだ。スサノオの母を想う気持ちは強く、根の国に移り住んだのも母神のいる黄泉の国に少しでも近づきたいという気持ちからかもしれない。
スサノオ・・・もちろん、オオアナムヂも名前は知っていた。自分の6代前の先祖である。
かつては乱暴者で父・イザナギや姉・アマテラスを散々困らせ、ついには高天原を追放されて出雲の国に降りてきたこと、出雲では人々を苦しめていたヤマタのおろちを退治し、民の信頼を集めてついには出雲の国の支配者になったこと、等々・・・
全てが伝説として、語り継がれている。
スサノオさま、どんなお方だろう・・・
そしてオオナムチは立派な宮殿の前に来ていた。
ここがスサノオさまの宮殿に違いない・・・
気を引き締めて、オオナムチは扉をたたいた。
「はい、ただいま開けます」
中から返事があった。若い女性の声のようだ。
ギイーと鈍い音をたてて、扉が開いた。
中から出てきたのは、とても美しい娘だった。
そしてオオアナムヂと目が合った。
中から出てきた娘は、オオアナムヂのその瞳に魅かれるものがあった。いや、それはオオアナムヂも同じだった。
そう、一瞬にして二人は恋に落ちてしまったのだった。
オオアナムヂは、ふと我に返ったように言った。
「私はオオアナムヂといいます。訳あってスサノオさまを訪ねてまいりました。スサノオさまはいらっしゃいますか」
娘もはっとして、夢から覚めたように、答えた。
「はい、父は奥の部屋で休んでおります」
「父?・・・スサノオさまはあなたのお父様ですか?」
「はい、私はスサノオの娘でスセリと申します」
「そうでしたか・・・スセリヒメさま、お父様に合わせていただきたいのですが」
「はい、ご案内いたします」
そういうと、スセリヒメはオオアナムヂの手をそっと握り、宮殿の奥に招き入れた。
前<<< 木の国から根の国へ - 古事記の話
☆スセリヒメ
オオアナムチが根の国であったスサノオの娘スセリヒメ、古事記にはその生母も、また生い立ちも何も語られていません。
一方、出雲国風土記では、スセリヒメは出雲国神戸郡滑狭郷(いずものくに かんどのこおり なめさのさと)に住んでいたことになっています。その地にはスセリヒメが産湯を使ったという伝説が残る「岩坪」があり、近くにはスセリヒメを祀る那売佐神社が建立されています。