葛城山に巡行に出た天皇、その途中行幸の列と全く同じ姿形の人たちと出くわした。そして天皇が名を問えば同じ言葉を返し、弓矢を構えれば同じことをする。
天皇は弓矢を構えたまま叫ぶ
「名を名乗れ!さもなくばこちらから矢を放つ!」
すると、今までオウム返しに天皇の言葉を返していたその人が、初めて答えたのである
「名を問われたので答えよう。我は悪きことも一言、良きことも一言、すべてを一言で言い放つ神、葛城のヒトコトヌシである!」
これを聞いた天皇、さすがの暴君もたちまち青ざめた。そう、相手は葛城山に鎮座される神だった!
天皇は慌てて弓矢を置き、平伏する。官人たちも慌てて平伏した。
「恐れ入りました。まさか、大神だったとは・・現世(うつしよ)の人の姿なので、まったくわかりませんでした!」
川向うの神は笑いながら見ている。まだ弓に矢をつがえてこちらを向けたままだ。
・・・まさか、本当に矢で自分を射殺す気なのか・・どうすれば許してもらえるのか・・・天皇は平伏したまま、頭の中はぐるぐる回っていた・・
・・・そうだ!天皇は立ち上がると、赤色の帯を外し、着ていた服を脱ぎいだ。それをきちんとたたんで、剣と弓矢と一緒に自分の前に置く。
そして平伏したままの官人たちにに向かって
「なにをしている!早くわたしと同じようにせんか!」
と命令した。
官人たちもここは命令の通りにするしかあるまいとあきらめた。天皇と同じように赤色の帯を外し、着ていた青染めの服を脱ぎ、きちんとたたんで、剣と弓矢と一緒に自分の前に置く。
天皇は再び平伏して
「大神よ、これをすべて献上いたします」
と言った。
すると川向うの神は弓矢を収めて
「よかろう。気を付けていくがいい」と言った。
ヒトコトヌシの大神の一行は、山裾一杯に広がって帰っていく天皇を見送った。
さて、さらしの下着に下帯をまいただけの、情けない姿で宮殿に帰っていく天皇の行幸。これを見た町の人々は、表に裏にくすくすと笑いが止まらなかった。
天皇は真っ赤になりながら、すごすごと宮殿に入っていった。
この後、天皇の横暴ぶりは影を潜めた・・
・・・かどうかは定かではない。
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古事記下巻 仁徳天皇~推古天皇 目次
☆暴君として語られる雄略天皇ですが・・
葛城では、イノシシにも神様にも勝てず、惨々な目にあいました。
両話とも、日本書紀にも同じような物語が収録されていますが、こちらの方では天皇は面目を保つ活躍をしています。
読み比べてみると、古事記との性格の違いが表れて面白いものです。
☆ヒトコトヌシ
神の世から人の世に移った古事記下巻の中で、唯一登場する神様です。
≪リンク≫
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古事記ゆかりの地を訪ねて