イザナギはこの世と、死者が行く根の国との境にある、黄泉比良坂(よもつひらさか)を下りていた。下りるにしたがい辺りは暗くなっていき、不気味な闇と静けさが覆う世界となってくる。
しかしイザナギは愛するイザナミに逢いたい一心で黄泉比良坂を下りていった。
黄泉比良坂を下りて黄泉の国についた。不気味なほど静まり返っている。イザナギは慎重に歩みを進める。
すると、不気味な岩造りの宮殿があった。
イザナギは確信する。
「この中にイザナミがいるに違いない」
それは神に与えられた直感とでもいうものであった。
イザナギは宮殿の扉に手をかけた。押しても引いても開かない。
そこで扉を叩き、叫んだ。
「イザナミ!聞こえるか、イザナミ!一緒に帰ろう!おい、聞いてるか、イザナミ!」
イザナギは戸をどんどん叩く。
すると、中からか細い声が聞こえた。
忘れるはずもない、愛しいイザナミの声だ。
「イザナミ!迎えに来たんだ!さあ、行こう!明るい日本へ帰るんだ」
「ああ、イザナギ!来てくれたのね、うれしい・・・」
「イザナミ!早くこの戸を開けてくれ」
しかし、返事がない。戸の向こうからはすすり泣くような声が聞こえる。
「・・・イザナミ、どうしたんだ?」
「ああ、イザナギ!遅かったのです・・・私はここ、黄泉の火で炊いた食物を食べてしまいました・・・もうすでに死者の国の者なのです・・・」
イザナギは顔が青ざめた。イザナミの言う通り、黄泉の火で作った食べ物を食べたということは、もはや完全に死人になってしまったということを意味する。
イザナギは身震いした。しかし、あきらめるわけにはいかない。
「イザナギ、それがどうしたというのだ!何を食おうがお前は日本の神だ!力づくでもこんなくらい世界からは引きずり出してやる!」
まさにイザナギは、今にも戸を壊してイザナミをさらっていきそうな勢いだった。
これを聞いたイザナミは
「ああ、イザナギ!それほどまで、わたしを・・・わかりました。では今からでも現世に帰れないか、黄泉の王と相談して来ます。その間、私の姿を決して見ないでくださいね。」
「ああ、わかった、約束する」
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☆黄泉戸喫
よもつへぐい、と読みます。
イザナギの呼びかけに対し、イザナミは古事記の原文では「悔哉、不速来、吾者為黄泉戸喫」(残念です、もっと早く来てくださってれば・・・わたしは黄泉戸喫をしてしまいました)
と答えています。
古代、埋葬の際、食べ物を一緒に埋葬しました。これを食べると現世に蘇らない、すなわち死者を鎮めるための呪術として黄泉戸喫の考えが生まれたと言います。
余談ですが、「よもつへぐい」をワープロ変換すると「世持つ屁食い」になってしまった・・・
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