古事記の話

古事記を小説風に書き直してみました

オオタチバナヒメ

ヤマトタケルの自伝 23

 

 

東国を平定したわたしは、相鹿(おうか)の丘前宮(おかざきのみや)に滞在していた。東国を朝廷の支配下に組み入れるための、様々な政務に追われていたのである。

 

そこに、妻のオオタチバナヒメがはるばる、大和から訪ねてきたのだ!

 

「おお!オオタチバナヒメ!女の足で、こんなところまで・・・」

ヤマトタケルさま!会いとうございました!その一心で、ここまで旅してまいりました!」

 

・・・わたしは胸が熱くなった。嬉しさがこみあげてきた。

その夜、わたしはオオタチバナヒメと久しぶりに夜を共にした。

 

・・・しかし・・・

 

オオタチバナヒメと再会したことで、次の朝、わたしの心に言いようのない影が襲ってきたのである・・・

 

真っ先にわたしの脳裏に浮かんだのは、オオタチバナヒメの妹、オトタチバナヒメだった・・・

そう、走水の海で、わたしの身代わりとなって入水して果てた、オトタチバナヒメである。オオタチバナヒメはオトタチバナヒメの姉なのである

 

オオタチバナヒメは妹のことは話さない。しかし妹を亡くしたその心の内は、いかばかりだろう・・・

 

そして尾張で結婚の約束をしたミヤズヒメ・・・もうあれから何年もたつ。まだ待ってくれているだろうか・・・

 

・・・叔母上・・・

 

そのときわたしは、叔母のヤマトヒメを思い出した。

「ああ・・・伯母上・・・わたしは東国を平定しましたよ・・・」

わたしは何といっても一番にヤマトヒメに報告したかった。しかし、なんだろう・・・私の心を覆っている、この悲しみは・・・

 

そして、西の熊襲征伐から帰り、東国平定の旅に出るまでの、短い大和での滞在中に関係を持った女性たちの顔が次々と浮かんできた。中には子ができたものもいる・・・あれからもう、何年もたっている。

大和に居る顔を見たこともない我が子、もうずいぶん大きくなっているだろう・・・

 

・・・大和・・・

 

「父上・・・」

 

わたしは父の天皇のことを思い出し・・・そして大粒の涙が流れてきた・・・

 

なんだ・・・この涙は・・・!?

・・・懐かしさからではない・・・

 

わたしは父の天皇に認めてもらいたくて、単身勇んで熊襲征伐に赴いたのだ。そして手柄を立てて帰還した。なのに、父上のあの態度は・・・

 

複雑な思いから出た涙に違いなかった。

大和にわたしの居場所はあるのだろうか・・・

・・・でも、帰りたい。大和へ・・・

 

その時、オオタチバナヒメはわたしに声をかけた。

ヤマトタケルさま・・・どうなさいました?ご気分でも悪いのですか?・・」

 

わたしははっと我に返った。そしてオオタチバナヒメに言った。

「帰ろう・・・大和へ、一緒に・・・」

 

こうしてわたしは東国治世のための基礎を固めると、オオタチバナヒメを伴って大和への帰路に着いたのだった。

 

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ヤマトタケルの自伝 目次

 

 

 

オオタチバナヒメ

 

この話も記紀には載っておらず、常陸国風土記に載っている話をもとに構成しました。オオタチバナヒメも常陸国風土記にのみ出てきます。

 

オオタチバナヒメがこの地でヤマトタケルとあったので「相鹿」(あうか)という地名となったそうです。

 

まほらにふく風に乗って 相鹿の里

 

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