ヤマトタケルの自伝 7
ふいにクマソタケルの兄の動きが止まった。兄はわたしの身体に違和感を覚えたのだろう。そして言った
「お前、女ではないな・・・・・お前・・・」
しかしその言葉を言い終えることはなかった。
わたしはその時、隠し持っていた短剣で、クマソタケルの兄の急所を刺していたのである!
兄はうめき声をあげる間もなく、大量の血を吹き出し、瞬時に絶命してしまった。
この時、酒に酔っていて騒がしく大声が飛び交っていた宴席は、凍り付き・・・
・・・そして混乱した皆は、我さきにと逃げ出した!
兄の返り血を大量に浴びた、少女の姿で鬼々と迫るわたしの姿・・・皆、相当な恐怖を感じたに違いない。
そして、クマソタケルの弟も! わたしは逃げ出した弟を追う!!
そしてその部屋の階段の下まで追い詰めた!わたしは剣を振り上げる!
そして一気に弟の背中から尻を突き刺した。弟の悲鳴が上がる。
わたしはとどめを刺そうと剣を振り上げた。
すると、弟が苦しい息をしながら言う。
「待ってくれ・・・お前は一体、誰だ?・・・」
わたしはそれに答えて言った。
「わたしは天下を治める天皇(すめらみこと)の御子、ヤマトオグナ(大和の少年)だ。
お前らクマソタケルの兄弟が天皇に従わず傍若無人にふるまっていると聞き、お前らを征伐せよと遣わされたのだ」
すると、クマソタケルの弟は
「そうか・・・西国には我ら二人以外に強いものはいなかった・・・しかし大和にはこれほどの強い男がおったとは・・・
お前に我らのタケルの名を献上しよう。お前は今後、ヤマトタケルと名のるがよいぞ・・・」
「よし・・・いうことはそれだけか!」
話を聞き終えたわたしは、弟の体を、あたかも完熟した瓜のように切り裂いた。
そしてこれ以後、わたしはヤマトタケルと名のるようになったのである。
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古事記の景行天皇の条に、オウスの別名としてヤマトオグナ(倭男具那命)と記載されています。クマソタケルから名を問われたオウスはこの名を答えます。
「オグナ」とは未婚の男子の意味で、つまり「大和の少年・若者」であることを強調したかったのでしょう。
そして「タケル」の名を献上され、少年だったオウスは「ヤマトタケル(倭建命)」(大和の強い男)へと成長します。
(「倭建命」は古事記での表記。日本書紀での表記は「日本武尊」)
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