古事記の話

古事記を小説風に書き直してみました

殉葬

野見宿祢の自伝 24

 

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アマテラス大御神の御魂は伊勢の地に祀られた。そして数年の時が経った。

 

その年の10月、陛下の同母弟であるヤマトヒコさまが薨去された。そして葬儀は11月に行われ、身狭桃花鳥坂(むさのつきさか)に陵墓を築いて葬られたのである。

 

その際・・・

 

古式にのっとって、ヤマトヒコさまに仕えていた近習のものが、側近から下男下女までことごとく生きたまま陵墓の周りに埋められたのである。

高貴なものが薨じられた時は、あの世に行っても永遠に主君にお仕えするよう、近習のものを生きたまま殉葬するのが古来よりの習わしだった。

 

この時、埋められた近習のものの叫びは夜となく昼となく響き、数日にわたって続いたのである。

その後、悪臭は周囲に漂い、死体は野獣に食われ烏がついばみ、悲惨なありさまだった。

 

陛下はこのご様子を見て、大変こころを痛められた。

 

「生きている時に故人が親しく愛された近習のものを、死んだからと言って殉死させるのは心苦しいことだ・・・

いかに古来からの風習とはいえ、このようなことが許されるのだろうか・・・」

と。

 

折しもその後しばらくして、陛下が寵愛していた后のヒバスヒメさまが薨去されたのだ・・・。

 

 

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野見宿祢の自伝 目次

 

 

☆ヤマトヒコ

 

この話も古事記には無く、日本書紀に載っている話です。

 

ヤマトヒコは「身狭の桃花鳥坂」(むさのつきさか)に葬られたと日本書紀に記述があります。

宮内庁により奈良県橿原市鳥屋町の桝山古墳に治定されています。

 

wikipedia 桝山古墳

 

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