オオビコの自伝 9
わたしはまだ朝廷に服属していない部族を平定するため、北陸道に派遣されることになった。
わたしは軍勢を率いて、北陸のほうに出発した。
わたしの率いる大軍が大和の平原を出て山代の国に入り、幣羅坂(へらさか)に差し掛かった時のことだった。
道のわきに一人の少女が立っていた。その少女は巫女の衣装を着ていたが、わたしは気にも留めずに馬に乗ったまま通り過ぎようとした。
その時、すれ違いざまに、その少女が歌を詠んだのが聞こえたのである。
ミマキイリヒコは かわいそう
ミマキイリヒコは かわいそう
狙われてるよ その命
後ろの戸から その命
手前の戸から その命
狙われてるよ その命
知らないのかな かわいそう
ミマキイリヒコは かわいそう
・・なに・・・わたしは馬を止めた。
ミマキイリヒコというのは陛下の御名である。一体どういうことだ・・・
もちろん、陛下の名を歌に詠むこと自体が不遜極まりないが、それ以上にこの不気味な内容・・・不安なものを感じるのは当然だろう。
わたしは馬から降りて、その少女に近づいた。少女は平然と立ってわたしを見つめている。
わたしは少女に向かって言った。
「おい、お前、それはどういう意味だ!?」
少女は
「なんでもありません。わたくしはただ歌を詠んだだけです」
静かにそういうと、たちまちその場から消えてしまった。まるで宙に溶け込んでしまったように・・・
なんなんだ、いったい・・・
わたしは夢を見ているような気持と、なんとも言えない不気味さ、心の奥底から湧き上がってくる不安・・・
何もかも入り混じったような、混とんとした気持ちでその場に立ちすくんでいた。
・・・このまま、北陸道のほうへ進んでいいのか・・・いや、陛下のことが心配だ・・・
もしや、陛下の御身に何かあったのではないだろうか・・・
そう思うと、わたしはいてもたってもいられず、たまらなくなった。
「都に引き返すぞ!我に続け!!」
わたしは命令を出し、軍を率いて都に戻っていった。
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☆弊羅坂
その地にはオオビコと少女を祀る弊羅坂神社が建立されています。
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