古事記の話

古事記を小説風に書き直してみました

ヤマトトモモソヒメ

オオビコの自伝 7

 

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「オオモノヌシと言えば、ヤマトトモモソヒメも絡んでいたな・・」

陛下が言われる。

 

ヤマトトモモソヒメと言えば、陛下の先々代、第8代孝元天皇の異母妹である。すなわち陛下から見れば大叔母、わたしから見れば叔母である。

 

「さようでございますね・・・あれは悲しい事件でした」

わたしは答えて言った。

 

そう、あれは陛下もわたしもまだ小さかったころのこと・・・

 

ヤマトトモモソヒメはオオモノヌシの妻となった。もともとヤマトトモモソヒメは巫女として神と通じていたので、その縁もあったのだろう。

しかしオオモノヌシが通ってくるのは夜だけで、日中に来ることはなかったという。そこで、ヤマトトモモソヒメはオオモノヌシに言った。

 

「あなたが夜にしか来ないので、そのお姿をはっきり見ることができません。お願いです、朝までここにとどまってください。明日、昼の日の光で、愛しいあなたのお顔をはっきり見たいのです」

 

これにオオモノヌシは

「そなたの言うのは誠に道理だ。なのでわたしは明日、化粧箱の中に入って待っていよう。だが、頼む。私の姿を見て驚かないでくれ」

 

化粧箱の中に入って待つって・・・どういうことだろう。ヤマトトモモソヒメは不審に思ったが、それ以上の追及はせず、朝を待ったそうだ。

そしていよいよ翌朝、ヤマトトモモソヒメは小さな箱を覗いてみると・・・

 

・・・・・

 

中に入っていたのは、一匹の蛇だった・・・

 

きゃーっっ!!

 

ヤマトトモモソヒメは思わず悲鳴を上げた。

 

すると、蛇は人の姿に戻り、言ったそうだ

「だから驚くなといったのだ・・・わたしはもう帰るぞ」

そして空を歩き、御諸山に帰っていったという。

 

その時のヤマトトモモソヒメの気持ちはいかばかりであっただろうか・・・

 

ヤマトトモモソヒメは悲観と放心のあまり、その場にどしんと座り込んだそうだ・・・その時、持っていた箸で体を突いてしまい・・・それがもとで亡くなったという。

 

今、ヤマトトモモソヒメは箸墓(はしはか)に眠っている。この墓は、昼間に人民が作っておくと、夜の間に神が残りを築いていたという。

 

 

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オオビコの自伝 目次

 

 

☆ヤマトトモモソヒメ

 

ヤマトトモモソヒメ(夜麻登登母々曽毘賣命)は古事記には孝霊天皇の系譜に名前が出ているだけで、何かをしたという事績の記述はありません。

 

この話は古事記には記載がなく、日本書紀にのみ載っています。日本書紀ではヤマトトトビモモソヒメ(倭迹迹日百襲姫命)と表記されています。

日本書記には巫女的な役割を担っている記述があり、このことから邪馬台国卑弥呼に比定する学説もあります。

 

一方で日本書紀には、前話で紹介した三輪山に関する話はありません。どちらも正体を隠したオオモノヌシが結婚し、その正体を知られてから山に帰り現れなくなる、という点が共通しています。元は同じ話だったものかもしれません。

 

香川県高松市田村神社では弟のキビツヒコとともに讃岐の国に下り農業殖産の開祖神になったとされており、主祭神として祀られています。

 

田村神社

 

☆箸墓

 

ヤマトトモモソヒメの墓である箸墓は、奈良県桜井市にある箸墓古墳だと伝えられています。

 

wikipedia 箸墓古墳

 

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