古事記の話

古事記を小説風に書き直してみました

策略

神武天皇の自伝 25 

 

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わたしはヤソタケルのもとへ使者を送った。

 

「我々は決してあなた様に反抗する気はございません。あなた様に仕えたいと思い、日向から出向いてきたのでございます。

その証にあなた様を宴にお招きしたいと思います。ぜひ、兵士の皆さまもそろってお越しくださいませ」

 

 

もちろん、これはわたしの策略である。

 

そして、ヤソタケルはまんまとその策略にはまってしまった。ヤソタケルはいい気になって兵士を引き連れて、饗応のためにわたしが建てた殿を訪れたのである。

 

わたしは自ら出迎えて、ヤソタケルと兵士たちを招き入れた。

ヤソタケルと兵士たちはいい気になって我々が用意した酒に酔い、料理に舌鼓を打っている。おかげで料理人と給仕人は大忙しである。

やがて、奴らはぐでんぐでんに酔っぱらってしまった。

 

頃合いを見計らって、わたしは歌を詠んだ

 

  客人たちは 忍坂の

  家に入って 賑わって

  多くの人が 出入りして

  それでも我らは 恐れずに

 

  我らが勇者 久米の子は 

  武具を取り持ち 勇気だし

  撃ちてし止まん

 

  吾らが勇者 久米の子は

  武具を取り持ち 勇気だし

  さあ今だ撃て

 

わたしの、この歌が合図だった。

 

宴の席で働いていた料理人や給仕人は、実は我が皇軍の兵士が化けていたのだ。

わたしのこの歌を聞くと、兵士たちは一斉に隠し持っていた剣を取り出し、ヤソタケルの軍勢を一網打尽に斬り捨てたのだった。

 

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神武天皇の自伝 目次

 

 

☆ヤソタケル

 

拙ブログではヤソタケル(八十建)を人名として設定しましたが、多くの古事記の解釈では固有名詞ではなく「多くの獰猛な人たち」を表す一般名詞だと解されています。

 

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