神武天皇の自伝 19
皇軍は八咫烏に導かれ、途中味方を増やしながら進軍していき、宇陀に入っていった。
味方に加わったこの土地の者の話によると、宇陀はエウカシ・オトウカシの兄弟が支配する土地であるという。
「エウカシ・オトウカシの兄弟は他者の干渉をとても嫌います。おそらく天の御子が使者を送り恭順を求めても、従うことはないでしょう。下手したらその使者を斬ってしまうかもしれません。」
と彼らは進言する。
「う~む、そうか・・・使者を送ることも危険なのか・・・どうしたものか・・・」
その時、わたしは空を舞っている八咫烏(やたがらす)が目に留まった。
よし、空を飛べる八咫烏なら危険は少ないだろう。八咫烏を使者にしてエウカシ・オトウカシのもとに送ろう・・・
わたしは八咫烏をエウカシ・オトウカシの屋敷に遣わした。八咫烏はクワア~と鳴きながら兄弟の屋敷のほうに飛んでいった。
一刻後、八咫烏は戻ってきた。その話によると・・・
八咫烏は兄弟の屋敷の屋根にとまり、クワア~、クワア~と甲高い声で鳴いた。それで屋敷の者が何事かと出てきたところで
「今、天の御子が近くまで来ている。そなたらは天の御子にお仕えするか」
と告げたという。
ところが兄弟は、八咫烏に向かって鏑矢を放って追い払ったそうだ。
「そうか、ご苦労だった。それならば仕方がない・・・これからエウカシ・オトウカシの屋敷に向かって攻撃をかける。準備せよ!」
わたしは命令を出し、兵士たちは進軍すべく軍備を整えていた。
その時だった・・・
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☆八咫烏神社
エウカシ・オトウカシが支配していた奈良県宇陀市にあり、八咫烏を祀っています。
☆建角身命
その八咫烏は建角身命(たけつおみのみこと)の化身であり、タカミムスビとアマテラスの命を受けて神武天皇を導きました。建角身命は岡田鴨神社がある岡田の賀茂に至った後、賀茂御祖神社に静まったということです。建角身命は天岩戸事件で活躍したフトダマの子だそうです。
(ただし、以上の話には記紀にはなく「山城国風土記逸文」その他の史料によります)
wikipedia 岡田鴨神社
wikipedia 賀茂御祖神社
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