オモイカネの自伝 13
高天原の八百万の神々は、アマテラス大御神を天岩屋から外に出すために、わたくしが考えた作戦を決行することになりました。
まずは準備です。わたくしは神々に指示を出しました。わたくしの指示に従って神々が必要な品々を集めてきます。
最初に長鳴鳥(ながなきどり)を集めさせました。
また、天安河(あめのやすかわ)の上流から硬い岩を取ってこさせました。天金山(あめのかなやま)からは上等な鉄を採取させてきました。
鍛冶のアマツマラに命じて、この硬い岩を金床にして鉄を打たせ、強い鋼を作り出しました。この鋼を素に、鏡職人のイシコリドメに命じて、よく光る鏡を作らせたのです。
また、勾玉職人のタマノオヤには、大きな勾玉を作らせ、これをひもで束ねました。
また、天の香具山からは、サカキ(榊)の木を取ってこさせました。このサカキの木の上の枝には先ほど作った勾玉を取り付け、中ほどの枝には鏡を取り付けました。
下の枝には神具であることを象徴する、白や青の布を垂らして取り付けたのです。
そして、コヤネとフトダマに占いをさせました。
天の香具山から牡鹿を一頭狩ってきて、その鹿から肩の骨を抜き取りました。また、これも天の香具山の桜の木を取ってきました。
その桜の木を薪にして火を燃やし、燃え盛る火の中に牡鹿の肩の骨をくべたのです。しばらく経つと、ぴしっ、という甲高い音とともに骨にひびが入りました。
そのひびの形を読み取ったコヤネとフトダマは言いました。
「これを実行するのは明日の夜明の時刻がよろしいかと思われます」
さあ、これで準備は整いました。そしてわれわれ八百万の神は、その時を待ったのでございます。
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☆鏡・勾玉
どちらも古代の祭具として用いられています。
鏡は現在はガラスでできていますが、昔はピカピカに磨かれた金属でした。古代のころは金属も高価であり、鏡は身なりを整えるためよりも祭具として用いられました。光を反射し自分の姿が鮮明に映る鏡に、古代の人々は神秘的なものを感じたのでしょう。
勾玉は古代の装身具です。ヒスイや水晶、琥珀などから作られています。新潟県の糸魚川からは上質のヒスイが生産され、ここで作られたヒスイの勾玉は全国各地で縄文時代の遺跡から発掘されるのみならず、海を渡って朝鮮半島からも発見されています。縄文時代の日本人が広く交易を行っていたことがうかがえます。
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