天皇は御子とともに后のサホビメも取り返す目論見だったが、その策略はサホビメに見抜かれていた。兵士は御子だけを取り、サホビメの奪還には失敗した。
天皇は意を決し、軍勢の最前線まで出てきた。
「サホ!聞こえてるか!出てきてくれ!」
天皇は叫ぶ。
その声に屋敷の門が開き、サホビメが出てきた。両脇にはサホビコの兵士ががっちり警備しており、とても取り返せそうにはない。
サホビメは涙目で言った
「陛下・・・」
天皇は言う
「サホ・・・古来より子の名は母親が名付けるのは習わしだ。この子の名前は何としよう」
「陛下・・・今まさに陛下はこの稲束で守られた屋敷を攻め、火をつけて焼き払おうとされています。炎の中から生まれたたくましい子ですので、ホムチワケと名付けるのがいいでしょう。」
「しかし、母親がいなくてこの子をどうやって育てろというのだ!帰ってこい!」
「乳母をつけ、御子を湯あみし、養育する係の者を定めればいいだけです・・・陛下、ではこれで・・・」
サホビメは屋敷に戻ろうとする。天皇は叫ぶ。
「待て、サホ!・・・これを見ろ!お前との固い絆を誓って結んだ裳の紐だ!これをお前以外の誰がほどくというのだ!」
「ミチノウシ様に4人の娘がおります。この姉妹は陛下に忠実な人臣です。この娘たちにほどいてもらえばいいでしょう・・・陛下、お世話になりました」
サホビメは両脇を兵士に守られながら屋敷の中に戻っていった。
「サホ!待ってくれ!」
天皇はサホビメを追おうとする。しかし・・
「陛下!危のうございます!おやめください!」
天皇の前に一人の将軍が立ちはだかった。天皇の軍勢を仕切っているヤツナタだった。
「陛下!もうサホビメさまのことは、おあきらめ下さいまし!陛下は日本の民のため、その御身を大事にする義務があるのですぞ!一人の后にこだわり、その御身にもしものことがあったら、日本の民はどうなるとお思いですか!」
日頃信頼している将軍ヤツナタにこう諫められては、天皇もあきらめるしかなかった。これ以上私情を挟んでは、将兵たちにも示しがつかない。
天皇は自陣に戻り、総攻撃の命令を出した。
稲束を頑丈に積み上げたサホビコの屋敷の守りは固く、兵士たちもよく戦った。しかしそうはいっても正規軍である天皇の軍勢にはかなわなかった。
稲束は崩され、ばらばらにほぐされた。そこに火矢を放たれ、屋敷は猛火に包まれた。
猛火の中、サホビコは自害した。妹のサホビメもサホビコに殉じていった。
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☆ホムチワケ
古事記では「本牟智和気」の表記ですが、漢字に直すと「火貴分」となります。
すなわち「ホ」は火、ムチは高貴な者という意味で、ワケは古代の男子の名前の接尾語です。
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