その日の昼過ぎ、スサノオはオオアナムヂを根の国の広い野原に連れ出していた。
スサノオはおもむろに、弓に鳴鏑(なりかぶら)の矢をつがえて、野原に向かって射った。鳴鏑はひゅーと音を立てながら、スサノオとオオアナムヂが立っているはるか先のほうまで飛んで行った。
スサノオは、オオアナムヂのほうを振り返ると
「あの矢を探して持って来い」と命じた。
オオアナムヂは素直に「はい」と返事すると、すぐに野原にかけだしていった。
オオアナムヂが行くと、スサノオはまた矢を射った。今度放ったのは、火矢である。燃え盛る火がついた矢を、オオアナムヂの周りに何本も放ったのだ。
オオアナムヂは鳴鏑の矢を探すのに夢中で、しばらくは気が付かなかった。気が付いた時にはすでに遅かった。
野原は枯れ草で覆われていた。オオアナムヂを取り囲むように射られた火矢は、たちまちのうちに野原全体を火の海にしてオオアナムヂを取り囲んでいた。その火はオオアナムヂに少しずつ迫ってくる。逃げ場はない。
「これまでか・・・」オオアナムヂは目を閉じ、覚悟を決めた。
その時、足元に何か、動くものの気配を感じた。閉じた目を開いて足元を見ると、そこにいたのは一匹のねずみだった。
ネズミはオオアナムヂの足元を走り抜け、近くにあった小穴に逃げ込んだ。
と思うと、小穴から顔を出して「うちはほらほら、そとはすぶすぶ」と言った。
それだけ言うと、また小穴に引っ込んで見えなくなってしまった。
オオナムチは考えた
「うちはほらほら、そとはすぶすぶ・・・何か意味ありげだが・・・待てよ・・・」
オオナムチは、立っているその地面を思いっきりどんと踏みしめた。
するとそこに大穴が開いて、オオナムチはその穴の中にどしーんと落下した。
ネズミは「外には火が燃えていても、うちには洞穴がありますぞ」と伝えたかったのだ。
オオナムチは落下の衝撃でしこたま体を打ったが、とにかく火からは逃れて助かった。
すると、そこにさっきのねずみが現れた。
「やあ、ネズミくん、ありがとう。助かったよ。ん?それは?」
ネズミは何か、長い物をくわえていた。それはスサノオが放った鳴鏑だった。
「ネズミくん、ぼくはこの矢を探していたんだ。ありがとう。」
オオアナムヂはネズミから矢を受け取った。その矢は、矢羽が無くなっていた。
ネズミが言った。
「すみません、矢羽は私の子供たちがいたずらしてかじってしまったんです」
「ハハハ、子供はどこでも同じようなもんさ」
オオアナムヂは笑って言った。
とにかく、オオアナムヂは火が治まるまで、その穴の中で休むことにした。火は一晩中燃え、野原を明々と照らしていた。
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☆根の国
先代のヒーロー・スサノオ。そして今の主人公である当代のヒーロー、オオアナムヂことオオクニヌシ。
二人のヒーローのコラボレーション、その舞台となっているのが根の国です。
古事記には「根之堅洲国」とも呼んでいます。地上の「木の国」に対して地底にある国と考えられます。
しかし、その位置づけは、はっきりしません。地底にあり、オオアナムヂは日本に帰るとき「黄泉比良坂(よもつひらさか)」を登っています。なので死者の行く黄泉の国と同一視してもいいように思えます。
しかしそこはイザナミが行った黄泉の国のような陰湿とした暗さは感じられません。
一面の野原があり、ネズミも住んでいて、 地上世界との差は小さいようです。
地底にはあるが、イザナミが行った黄泉の国とは別世界であると考えたほうがよさそうです。